ライブインテリジェンス

ライブインテリジェンスまたは動的インテリジェンス

古くからの知識を習得するスタイルは、すでに確立されたものをいかに的確かつ効率的に吸収するかに主眼の置かれた、いわば静的インテリジェンスといわれるものでしょう。

一方で、状況に即して常にオンタイムで知を紡ぎ続けていく姿勢は、その対極に位置付けられます。そこには既成概念のような、出来合いの知が用意されているわけではありません。つまり正解を埋めるようなハウツー方式ではなく、試行錯誤を通じてその時点その時点における最適解を構築していくようなものです。

ですから、こうしたライブ感のある、動的な解を追求するということは、イコール行動しながら考えるというアプローチが求められます。待っていても情報は得られないのです。自ら行動することに伴って生じる、または気づかされる情報に意味があるのです。いやむしろ情報自体にはそれほど意味はないのかもしれません。言い換えるなら、情報という素材に、自らの行動というソースをかけ合わせて初めて、意味のある料理(=インテリジェンス)が完成するといった方がイメージしやすいかもしれません。

料理というメタファーは、鮮度という点でも有効です。時間がたてばたつほど、その料理としての価値は失われます。それと同じく、インテリジェンスは一時的なものです。古いインテリジェンスなど意味がありません。なぜなら、状況に応じて構成されるのが有意な知なわけですから、状況が時間とともに変容すれば、そこでの最適解はおのずと移り変わってしまうものだからです。ですから、手を抜いて出来合いの知で事足らせようと考えること自体ナンセンスです。

このように、インテリジェスとはとてもライブ感があり、動的に変容しうる、鮮度のあるものだということを常に意識して、常に新たな知を醸成していく姿勢を忘れないことが基本です。